考えないで、意識せず、適当に...

更新日:11月19日

[レイキって知ってますか?]


レイキってご存知ですか?先月、日本滞在中に習いに行ってきたのですが。


レイキは、どんな人にも流れている治癒をもたらすエネルギー。出入り口は手なので、手を置くことで悪いところが治ったり、痛みがやわらいだりします。がんばって作り出したり、念じてパワーを強めたりするものではなく、体に本来備わっているエネルギーです。


なぜレイキを習おうと思ったか?それは、手に「何か」があると気づいていたから。娘たちが小さいころ、喘息の発作が起きた時、背中をさするとすぐに眠ったし、うちの動物たちも触られるのが大好き。手には何かパワーがある、それが何か、レイキでわかるかも、と思ったのでした。


[たったこれだけ...]


東京で受けたのは朝10時から17時までの講習。アチューンメントと言われる体の中をレイキが通りやすくするためのセッションが3回。そのほかにレクチャーがあったり、練習をしたり。受講生は2人。いつでも質問できるよい環境でした。


ただし... 学んだことは何だったか?というと、今思い返すと、これだけ。


「治そうとか、いいエネルギーを送ろうとかせず、考えず、何も意図せず、ぼう〜っとしながら、テキトーに、ただ、手の力を抜いて置いておくこと」


レイキは、気づこうが気がつかなかろうが、流れているもの。どんな人も持っているもの。なので、どうこうしようと意識せず、流れるままにするのがいい。こうやらねば... という考えは不要。指先まで力を抜いて手を置くだけ。愛を送らなくていいし、治してあげようと思わなくていい。天の力を借りる必要もない。宇宙とつながらなくていい。


ということなんですね。


[テキトーに... が何をもたらす?]


これが... 大変でした。いつも考えていて、すべての言動を意図を持ってしているわたしは、考えずにぼうっとするのが難しい。しかも、悪いところをよくする、治癒をもたらす、というレイキの「目的」を知っている以上、ぼうっとして何かを得るなんてありえない... と思ってしまう。


「意識を向けるところに気は集まる」これがわたしが教わってきたこと。心の傷も、体の痛みも、意識的に、意図を持って、気を集めて治すのだ、と。数秘学も同じ。数秘学のリーディングは、自分の中の未知の領域に意識を向け、気づくためにある。それが、自分を癒し、人生を歩む力となるのです。


それなのに...レイキでは「意識をしないところで気は流れる」「それが治癒をもたらす」という真逆の道をたどる。


講習を終え、一通りのことは教わったけれど、何も考えず、意図なく、ただ手を置くというのが難しくて、自分の意識とバトルを続けています。長年頭に染み込んだ「意識する」「意図を持つ」が抜ける気配はなし。果たして自分に向いてるのかしらと疑いつつ、レイキの練習という、ぼうっと、テキトーに手を置くという苦行は、これからも続きます。


サブロー&トトロとひなにレイキのパワーを届ける... というのが目的だったんだけど...