カナダでおひとりさまクリスマス

自分勝手?


今年のクリスマスは、ブリティッシュコロンビア州ケロウナの自宅で、4泊5日、サブロー&トトロ(猫)とひな(犬)とまったり過ごしました。お隣のアルバータ州カルガリーの義弟の家に行くつもりでしたが、出発日が近づくにつれ気が進まなくなり、結局前日に、行きません、と家族たちに意思表明。やや自分勝手+迷惑な行動でしたが。



理由(言い訳)あり。


でもね... 言い訳があるんです。


◽️ クリスマスは人が多くて騒がしい (家族×4&友人sが密集...)

◽️ プレゼントいらない(質より量が勝負なので、どうでもいいものばかり... )

◽️ ターキーディナーは苦手(というか、わたしは肉を食べないので...)

◽️ 若者/子どもたちが無礼(やりたい放題でお行儀が悪い。挨拶もしない...)

◽️ お酒に興味なし(友だちとなら飲むけど... )


こんな風に、クリスマスを「完全ネガティブなイベント」感じる偏屈者は、クリスマスの邪魔者(=わたし)。こういうタイプ、こちらでは「グリンチ」と呼ばれます。グリンチは、クリスマスをぶっ壊そうとするアニメのキャラクターです。


もちろん、物理的にぶっ壊しはしませんよ。ただ、周りが盛り上がる中、いつもひとり「どっちらけて」いるんですよね... こういう人、いたら嫌でしょう?



ふたりの女性、伏線×2


ただ、さらなる言い訳じゃないですが、今回のドタキャンには伏線がありました。それは、ふたりのカナダ人の夫を持つ日本人女性たち。ひとりは東京、もうひとりはケロウナの隣町に住んでいます。


東京の友人から、クリスマスはひとりで過ごす、と聞いたのが2週間ほど前。家族をカナダに送り、自分は東京でゆっくりする、とのこと。続いて、隣町の友人は、だんなさまのクリスマス帰省に同行しないと知ったのですね。


人の性格の半分は、友だちからの影響でできるって言いますけど、彼女たちの話を聞いて、開眼。なんだ、クリスマスに参加しない、というのもありなんだわと「おひとりさまのクリスマス」が突如浮上したのです。


去年はコロナでできなかったし、今年はクリスマスをがんばろう、と心に決めてはいたんです。家族の一員として、母としての義務を果たそう!と。でも、どうやらそれは、エセ決意だったらしく... 。瞬く間に消え、最終的には、出かける準備をする気さえ消滅しました。



で。どうだった?


で。4泊5日おひとりさまがどうだったか?と言いますと。


◽️ ごはんはひとりで作ってひとりで食べる(孤食ってこういうの?)

◽️ ひなの散歩に出ても人はまばら(みんな家族と過ごしてる)

◽️ お店も閉まってたり閉店が早かったり(田舎のクリスマスアワー)

◽️ 気温はマイナス20度で、時々吹雪(3時半には日も暮れる)

◽️ 仕事も入れてなかったので予定ゼロ(カルガリーに行くつもりだったから...)


さみしかった?と言われると、そんな気もします。ひなの散歩中「右側歩けよっ」とか怒鳴る人に遭遇したときは悲しくなっちゃったし。これが永遠に続くのは困るかな。もうアラフィフだし、こんな感じで、将来ひとりになるのかな?と想像したり。



感謝はないみたい


ただ...家族が離れたところで楽しく過ごしてて、自分はひとり家にいるって、世界で一番安全なひとりの時間なんですよね。さみしくても「期間限定」「保険あり」。じき普通の生活が戻ってくることが、わかってるのですもの。


でね... こういう安全な時間を心から懐かしむ時が、いつか必ず来る、というのもよくわかるんですよね。人生ってそういうもの。これを理解できるぐらいは、わたしも大人。5日間、頭のどっかで、そんなことを考えてました。きっとこれは、貴重な時間、本当は、と。


でも...ありがとう、という感謝の言葉は、出てこないんですよね。こんなにありがたいことは、ないはずなのに。そのかわり、頭のどこかで「クリスマス嫌い。クリスマスのバカやろー」とか思ってる。で、まだまだ、わたしは修行が足りず、おばかなのよね... 。というようなことも、同時に思ってるという、矛盾と不均衡。


奇妙な時間


おひとりさまなクリスマスは、未熟な自分に気づきながら、贅沢な時間を過ごしながら、矛盾を感じながら、楽しいような、さみしいような、怒りたいような、という奇妙な5日間。同じようにひとりで過ごした友人ふたりは、どうだったのかと思いつつ...


今はもう、家族もケロウナに戻ってきて、普通の生活へのリハビリ中です。